自分で決めたという感覚

2019/11/22 鹿骨

鹿骨校舎の丹羽です。

先日、鹿骨小学校の朝の班登校を一時的にやめるという動きに関して感じたことです。

 

もともと登校時の班行動は、誘拐などの犯罪の危険から身を守るためのものと認識しています。校長先生曰く「危機意識をもってほしい」とのこと。校長先生がおっしゃった危機意識とは遅刻しないように時間管理を自分で意識することだと捉えていますがどうでしょうか。

 

学校や私たち塾などで上から何でも教えすぎることや、「あれをやれ、これをやれ」という指示出しが、少なからず自分で考える力を育むことを阻害し、受け身や指示待ち人間を育ててしまう可能性があるのではないでしょうか。

 

例えば鹿骨校舎では、生徒から「理科がやばい、先生なんか頂戴」と言われた時は、どこが苦手なのか、どこの単元のプリントがほしいのか考えてもらいます。

 

与えられたものではなく自分で決めたものという感覚を大切にしたいと思っています。

 

なぜなら、内発的なやる気を起こすためには「自分で決めたという感覚」が必須だからです。

 

やろうとしてくれるだけでもすばらしいことなのですが(笑

授業の準備や自習の時にしても、常に何か言われるのを待っている生徒に自分で考えて始められるようになってほしいと願っています。